山本貴志×佐藤卓史 対談2017

(3) マズルカの真実

日本人にはなかなか理解できないと思われがちな「マズルカ」。本場のマズルカにはいったいどんな秘密が、と思いきや、意外な答えが。
佐藤
ワルツっていえば、それこそショパンがワルツを最初に書いたときにあんまり気に入らなかったとかっていう話もあるけど。
山本
そう、ちょっといつも思うのが、ワルツとマズルカは、曲によって、左手のはじき方っていうのかな、それが全然違う。
佐藤
そうだね。
山本
スタッカートの点もテヌートも書いてないからわかりにくいんだけれど、曲の性格によって変えるしかないというか。
佐藤
ワルツなんか、場面が変わるとリズムも全然違うっていうときもあるよね。テンポも違うし。
山本
そうそう。なんかね、舞曲って一番、あちらの雰囲気を出すのに良い曲というか。向こうと繋がる感じがして。不思議なんだけど、マズルカを日本で弾くと、全然ポーランドにも行ったことがない、マズルカ初めて聴いたっていう方なのにね、なんか懐かしい感じがするって言われることがあったりして。
佐藤
そうそう、山本君には是非そのマズルカの話を聞きたいと思ってたんだけど。
山本
みんなそうだと思うけれど、毎日練習するときに、ピアノに触り始めてすぐにエンジン全開っていうわけにはいかないよね。コンサートのときにも。
佐藤
うんうん。
山本
でそういうときに、なんていうのかな、強制的に身体を中から動かすっていうか・・・。マズルカだけじゃなくてワルツとか、他の踊りの曲もそうなんだけれど、気分を沸き立たせてくれて、特にマズルカはちょっと弾いているだけで、身体がのってくるっていうのかな。
佐藤
へえ。
山本
で身体がのってくると、どの曲を弾いていても、イメージが出てきやすくなる実感があって、それが面白いなあって。マズルカは、ショパン自身でさえ「10回に1回うまく弾けたら良い方だ」なんて言っていたぐらい難しいとかいわれてるんだけど。でも、「ここはこういう風に間を取って」とか「ここはアクセントつけて」とか、そういうふうに見ていると、なかなかどういう曲かわからなかったんだけど、向こうのマズルカとかポロネーズ、ショパンの曲ではなくて、もともと伝わっている曲を聴く機会があったりして、そうすると思ったよりも、意外と普通の3拍子に聞こえるっていうか。
佐藤
うんうん。
山本
ポロネーズは若干、明らかに刻みが短いところはあるけど、マズルカはほぼほぼ普通の3拍子。もちろん均等ではないんだけれど、それを強調してるわけではなくて、あくまでも身体の中にちゃんと3拍子が流れていて、あくまでも旋律の歌わせ方とかに自由なところがあるっていうだけで。よく言われるような「変則的な3拍子」、リズムを変にさせるっていうのではなくてね、現地でそういう踊りを見たり、生活しているうちに、だんだんわかってきたらマズルカはすごく弾きやすくなって。
佐藤
僕マズルカは大変不勉強であんまりよく知らないんだけど、もともとの民族音楽としては、いくつか種類があるわけでしょ? ショパンはそれを分けて書いてるの? それとも混ぜたりとか・・・
山本
もう全部混ぜて。たとえば、メロディーは「クヤヴィアク」っていう息の長い旋律で、でもそこに合わせているリズムは「マズル」だったり。
佐藤
マズル? マズレク?
山本
「マズレク」っていうのは、マズルカのことで、そういう踊りの全部、集合体。
佐藤
ああ、マズルカ全体をポーランド語では「マズレク」というと。総称なんだね。じゃあその中に・・・
山本
「クヤヴィアク」とか「マズル」とか「オベレク」とか、そういうものがあって。
佐藤
「クラコヴィアク」っていうのは違うの?
山本
クラコヴィアクは2拍子のまた違う踊りで、クラクフっていう南の都市が発祥の。
佐藤
ああそうなんだ。
山本
1番のコンチェルトの3楽章ね。あれが。
佐藤
ああ、あれがクラコヴィアクなんだ。
山本
そう。で、マズルカ1曲の中にいくつかの舞曲を混ぜ込んで使ってるから、それも難しさの一つの理由になっていて。
佐藤
でもそれはもともとの舞曲の違いを知らないと、なかなか分類できないよね。
山本
そう、もともとの違いがやっぱりあるから。ただ迷いがちなのが、たとえばクヤヴィアクって旋律の長い曲なんだけど、そこにマズル風の伴奏がついてるからといって、そういうアクセントつけたりすると、旋律線が壊れてしまうという。
佐藤
ほう、なるほど。
山本
だから、「マズルカっていえばこう弾くものだ」っていう決まり事は、実はあんまりない
佐藤
ついつい僕らはその、「2拍目にアクセントがある」とか、「3拍目に」とか、そういうことを教わったりするからね。
山本
そうそう。それがね、ものすごく誤解されやすいところなんだけど。
佐藤
そうなんだ。
山本
だから特に、マズルカの曲想を練習したいなっていうときには、本当に状態の良いピアノを使わせていただくようにして、気分の赴くままに弾いてるときに、良いイメージが出てくるかなと。
佐藤
それはそうだよね。
山本
というのは、左手のリズムは、もちろんはっきりしっかり打ち鳴らすみたいなタイプの曲もあるけれど、なんかかすかに刻んでるみたいな感じで、右手は自由にっていう曲もあるから、そういう場合に・・・
佐藤
そういうタッチができる楽器じゃないと。
山本
そうそう。だから左手は身体の中のリズム、心の中に流れているリズムで。
佐藤
ほうほう。
山本
で、右手は実際に声に出して歌っているものと考えると、左手にあまり意識がいってしまうような難しい楽器、コントロールがきかない楽器だと、気持ちがのらなくなっちゃうっていうか。だからなるべく左手が、語弊があるけれど、ちゃらんぽらんというかね、適当に・・・
佐藤
自動操縦。
山本
そう、そういう感じでも弾けるような楽器で練習すると、マズルカってよくわかるかな、という経験があって。間の取り方とかっていうのは、技術というよりは、ほんとにその感覚というか・・・。最初はリズムの方にばっかり目がいきがちで、そっちを現地のリズムに近づけないとって思ってね。でもそのやり方だとなかなか近づけなかったものが、「メロディーをどういうふうに弾いたらきれいかな」っていうのを突き詰めていくと、自然にそういう間の取り方になっていくっていう。
佐藤
なるほどねぇ。メロディーから、それに合ったリズムを引き出す。
山本
左手から始めると、なんとなくしっくりこない。やっぱりメロディーの捉え方、メロディーを身体の中で何回も聴いていると、なんとなくぼんやりわかってくるっていう感じかな。それがすごく面白くて。
佐藤
へえ。その、マズルカの中の種類っていうのは、ポーランドで勉強してたときに先生に教わった部分もあるの?
山本
それもあるけど、それだけでもなくて・・・。
M氏
向こうで習ってたのは、ポーランド人の先生なんでしょ?
山本
ポーランド人でしたね。
M氏
そうすると、「君それは違うよ、やっぱり君は日本人だね」ってことはなかったの?
山本
それ一度も言われたことないです。一番初めなんて、全然わからない状態で弾いてるし、たぶん全く違ってたと思うんですけど。そのときは、「自分の弾き方はこういう感じだから」ってまず弾いてみせて下さって。
佐藤
ふむ、お手本はなんとなくね。
山本
でも、「最終的にはやっぱりあなたのマズルカじゃないといけない」って。あなたがやりたいようにっていう。正解はないから。
佐藤
へえ! どうしても僕らは、マズルカっていったらポーランドのものだから、日本人がそこに到達するのは難しいんじゃないかだとか、何が正解なんだろうって考えちゃうけれども。
山本
意外とポーランド人ってそのあたりがおおらかで。日本だと、マズルカはポーランドに行かないと絶対わからないとか、ポーランド人じゃないとわからないとかね、いろいろそういうことをいうんだけど、実はあんまりそういう正解・不正解みたいな概念がない人たちで、もう心さえこもっていれば、素敵って言ってくれるようなね。もちろん勉強はしなきゃいけないけど。
佐藤
うんうん。
山本
でもその上で、楽しんで弾いていさえすれば、受け入れてくれるところがあってね。
佐藤
それは面白いね。
山本
すごく面白い。
佐藤
でもよく考えると、それこそもしポーランド人しかマズルカが弾けないんだったら、マズルカっていうのはいずれ消えてしまうからね。それを突き詰めたら、じゃあショパンの曲はショパンにしかわからなかったっていう話になる。ある程度の普遍性というか、どんな人でもアクセスできる道筋がないと、クラシック音楽って残っていかないからね。
山本
ほんとにそうだよね。
M氏
でも、向こうにいて、ポーランド人が弾くマズルカを聴いて、間の取り方とかが「あ、違うな」って思うことはある?
山本
ええと、これもね、いろいろあるんですけど、ポーランド人だからできるかっていうと、実は全然違って、全く弾けない人の方が逆に多い。
M氏
もともとの民俗舞曲っていうのは今も踊られてるの?
山本
もうね、保存しようっていう運動があるぐらい、廃れてはきてますね、残念ながら。でも時々、結婚式の余興でポロネーズを踊ったりはするみたい。マズルカの方はかなり少なくなって。ただ、国歌はマズルカだし。
M氏
マズルカっていうのは、農民がお祭りかなんかで踊るんじゃないの?
山本
かなり田舎に行かないと、そういったものは。
佐藤
まず農民が少ないだろうからね。
山本
最近はポーランドもなかなか都市化が進んでいるから。
M氏
じゃあワルシャワじゃ無理だね。
山本
ワルシャワではなかなか。
佐藤
日本の田舎の盆踊りとか民謡とかみたいなものかな。
M氏
そういうの、ショパンが当時聴いていたオリジナルの楽曲って残ってるのかね?
山本
ええと、ショパンのマズルカって、もともとあった民謡とかを引用したものではないんです。1曲だけ、ピアノソロじゃなくて、オーケストラと合わせる曲で「ポーランド民謡の主題の幻想曲」(作品13)っていうのが。
佐藤
ああ、あるね。「ポーランド幻想曲」。
山本
あの中に、クヤヴィアクかな、民謡をそのまま使った部分があるんだけど、それだけかな。
佐藤
あの頃は他にもモーツァルトの「ラ・チ・ダレム」の変奏曲(作品2)とかもあるし、オリジナルよりは既存の曲を主題にしてっていうのは多かったのかもね。
山本
だからほんとに一番若い頃だけで。
佐藤
でもショパンは別に、たとえば田舎に行ってマズルカを一生懸命採集したりとかいうことをしたわけではないんだよね、きっと。
山本
それはなかったみたい。
佐藤
だから当時はおそらく、ワルシャワの近郊でもたぶん聴かれていたし、知ってたんでしょうね。
山本
そう、耳馴染みがあって、それが身体の中に入っていて、それを使って作曲したんだよね。
佐藤
でも、マズルカっていつ頃から書いてるの? ポロネーズはすごく若いときから書いてるよね。
山本
マズルカは10代になってからだと思う。ポロネーズはね、もう7歳とかで書いてるらしいので。
佐藤
そうか。だからむしろパリに移ってから、たくさん書き始めたのかなと。それこそ故郷を偲んでなのか、もちろん政治的な意図もあったのかもしれないし、それでポロネーズやマズルカをたくさん発表したのかな。
山本
でもね、マズルカに関して言えば、時間が経てば経つほど、本来の生々しいリズムがどんどんなくなっていって、作品59にいきつくんだけど、その次の作品63とか、晩年の遺作とかになると、なんか先祖返りしたみたいに、リズムが元に戻ってるところがあって。
佐藤
ほーう。
山本
どういうことだったんだろうっていう。
佐藤
へえ、それ面白いな。
山本
亡くなる頃になると、やっぱり戻りたくなるのかな。
佐藤
そりゃすごい話だね。ポロネーズはあんまりそういう形跡は無いね。行くところまで行って終わったという。
山本
ほんとだね。不思議と。
(つづく)