山本貴志×佐藤卓史 対談2017
(2) ショパン全曲演奏中
日本では、京都でショパンのピアノ独奏曲全曲演奏会「ショパンツィクルス」を展開中の山本君。シリーズのコンセプトや、レアな演奏曲のことなどを伺ってみました。
- 佐藤
- 日本では「ショパンツィクルス」を継続的にやっていると、それについて聞かせてもらえれば。今回は遺作も含めてすべてのピアノ独奏曲を?
- 山本
- そう。遺作も含めて全部。年に2回演奏会があって・・・。
- 佐藤
- すると何回ぐらいで終わるの?
- 山本
- ええと、全部で10回。
- 佐藤
- あ、そんなので終わる?
- 山本
- そう、意外と10回でね。
- 佐藤
- そうなのか。すると5年間。
- 山本
- そう、5年で。この間3回目が終わって、今度4回目だから、もう1年半終わってね。もちろん、毎回ちょっと短かったりちょっと長かったり、2時間近いプログラムの時もあれば・・・。
- 佐藤
- でも毎回何かテーマを決めて。
- 山本
- そう毎回テーマをね。今回のツィクルスは、ポーランドの印象的な景色、ポーランドらしい景色っていうものを10個思い浮かべて、それを毎回のテーマにしようと。たとえば「春」というと、ショパンの生家がすごくのどかなところにあるんだけど、周りに小川が流れていたりとか、緑がたくさんだったりとか、そういうのどかな情景。で、「冬」といえば、寒々しい石畳に、誰も人が歩いてなくて風の音だけがびゅーって鳴っているような、そういう景色のイメージとか。そういう、「ポーランドの四季」をテーマに。
- 佐藤
- なるほどね。
- 山本
- 冬がとても長い国だから、季節の移り変わりって、一瞬でぱっと変わるんだよね。冬はずーっと同じような感じなんだけど、冬が終わって春に、春から夏に、夏から秋に、秋から冬に、その移り変わりがすごく劇的というか。それがとっても、ポーランド人の国民性にも影響を与えているような気がして。ショパンの曲を聴いていても、そういう移り変わりがね。
- 佐藤
- ほう。
- 山本
- 実は面白いことがあって。ショパンの生家の近くで絵を描いてる人がいて、一番初めにポーランドの夏季講習に行ったとき、だから2002年かな、そのときにそこでショパンの生家の絵を買って。それからもう1枚、その辺りの湖と木の景色、ポーランド的で素朴で飾り気がなくて、そういう感じの景色の絵を去年か一昨年に、買って持って帰ってきたのね。その2枚の絵を並べて飾ってるんだけど、そのサインを見たら同じ人のサインだったんだよね。だから2002年か、それより前から、ずっと同じ人がそこで絵を描いて売り続けていたんだなってことが判明して。
- 佐藤
- へえー。すごいね。
- 山本
- で、不思議と、ちょっと行き詰まったときにその絵を見ると、アイディアが生まれるというか・・・アイディアというよりも、無理をしているときに、肩の力抜いて、もっと楽に弾いてもいいんだっていうふうに、教えてもらえるような感じがするんだよね。
- 佐藤
- へえ。
- 山本
- でね、ショパンはマズルカとノクターンを、長い間にわたって書いてるので。
- 佐藤
- そうだね。たくさんある。
- 山本
- それを、一番テーマに当てはまる曲はどの曲かなってところから始めて、それからそこに合うような大きい曲を当てはめていくと。
- 佐藤
- じゃあ時代順とかではなくて。
- 山本
- そう時代順ではなくて。同じプログラムの中でも時代は毎回前後するかな。
- 佐藤
- ちなみに、じゃあその10回分の全部のプログラムは決まってるの?
- 山本
- 全部決まってて、次回何を弾くのかっていうことは、半年前とか、1年前とかに発表するようにしている。
- 佐藤
- 発表はまだだけど、自分の中ではもう決めてるわけね。
- 山本
- いや、先々までは決まっていなくて。次は9月にあるんだけれど、それはもう決まっていて、でもその次のプログラムは、また自分のそのときの気持ちで選ぼうかなって。
- 佐藤
- じゃあ、ええと待ってね。10回分のプログラムはもう決まっているんだけど、次に何を弾くかはその都度選ぶと。カードを選ぶみたいな感じで。
- 山本
- そうそう。そういう選び方を。
- 佐藤
- へえ、面白いねえ。でも、遺作以外の曲はもう全部演奏したことあるんでしょ、もちろん。
- 山本
- 遺作以外の曲はね、今まで弾いたことある。
- 佐藤
- じゃあ今回のツィクルスで初めて弾く曲っていうのもあるの?
- 山本
- やっぱりあって。
- 佐藤
- たとえばどんな。
- 山本
- たとえば、今回ね、佐藤君とご一緒するロンド(作品73)の、1台ピアノヴァージョン。あれも今まで弾いたことがない曲だし。
- 佐藤
- ああ。
- 山本
- そう考えると意外と、弾いてない曲ってあったんだなって。あと、「3つの新しいエチュード」とか。
- 佐藤
- ああ(笑)案外嫌だよね、あれ。
- 山本
- いやあ綺麗なんだけど、ちょっと嫌らしいっていうか。
- 佐藤
- 僕はショパンの小品集のCD録ったときに、作品番号のついていないような曲たくさん入れたなあ。あのほら、「スイスの少年」の変奏曲とか。
- 山本
- ああ。僕この間ちょうどそれ弾いたよ。
- 佐藤
- 良い曲だよね。あれも遺作っていうかね、作品番号ない作品だし。
- 山本
- 若いときの曲だけどね。
- 佐藤
- あと、ちっちゃい曲だけど、モデラートとかね、カンタービレとか、きれいな曲たくさんあるよね。
- 山本
- うん、うん。
- 佐藤
- あとなんだっけ、ブーレとか。
- 山本
- ブーレ。そこまでいくと、本当に作ったかどうかっていう真偽の問題がね。
- 佐藤
- やっぱりそういうのあるんだ。
- 山本
- そういうの出てくるから。
- 佐藤
- いつぞや、もう10年以上前に発見された「トリル前奏曲」っていう。
- 山本
- トリル前奏曲!?
- 佐藤
- 知らない?
- 山本
- 初めて聞いた。
- 佐藤
- あそう。ちょうど僕らが出た2005年のショパンコンクールの直前ぐらいに発見されたっていうんで、あのときもらった記念品にその楽譜の最初のところが印刷してあって。
- 山本
- あ、本当?
- 佐藤
- そうそう。直後に、コブリンか誰かが録音してたけども。それはやらないのね?
- 山本
- それはさすがにね(笑)
- 佐藤
- でももしかしたらエキエル版とかで出てるんじゃないかなあ。たぶん短い曲だと思う。
- 山本
- 佐藤君のシューベルトはどんな感じ?
- 佐藤
- いや、本当にね、ほとんど行き当たりばったりで始めたんだけど。
- 山本
- 行き当たりばったりで(笑)
- 佐藤
- でここまでやってきて、この間ちょっと、このあと何曲ぐらいあるのか、ちゃんと数えてみようと思って。最初当てずっぽうで30回ぐらいとか言ってたんだけど、数えてみたら確かに30回か31回ぐらいで終わる感じだった。
- 山本
- ということは・・・15年・・・?(息を呑む)
- 佐藤
- うん。まあシューベルトの場合はソナタがね、やっぱり核になるから。そのソナタをこう組み合わせて、それ以外の小品とか舞曲とかをちょこっと挟んだりとか、頭の中でいろいろこうやって、「うん、これでいけるかも」って。
- 山本
- うわぁ。
- 佐藤
- でもね、実は舞曲が結構たくさんあって。シューベルトの舞曲ってまあ大きく分けると、まず2拍子系の曲があって、それはおおかた「エコセーズ」っていうんだけど。
- 山本
- ああ、エコセーズ!
- 佐藤
- ショパンもエコセーズ書いてるよね。で、3拍子系の舞曲が、3つぐらい名前があって、「ワルツ」っていうのと、「レントラー」っていうのと、「ドイツ舞曲」っていうのがあるのね。で、その違いがどこにあるのかっていうと、まあいろんな説があるんだけど、はっきりいうとほとんどわかんない。
- 山本
- (笑)
- 佐藤
- おそらく、おんなじようなもんだったんじゃないかなって思って。シューベルトが死んだ後に、いろんな要素が分かれていって、「ワルツ」っていうのが一番国際的になっていって、ウィンナ・ワルツっていう様式になって。
- 山本
- うんうん。
- 佐藤
- そこに入らなかったのが「レントラー」。いわゆる「ぶんちゃっちゃ」っていうリズムじゃない曲がレントラーになって、「ドイツ舞曲」っていうのはそのあとなくなっちゃうんだよね。でもシューベルトは、自分の曲はほとんどドイツ舞曲って呼んでたらしくて。
- 山本
- へえ。
- 佐藤
- それを出版するときに出版社が、「ドイツ舞曲」よりも「ワルツ」の方が格好いいからっていうので、勝手にフランス語で「Valse」って書いたんじゃないかなって、僕は思ってるんだけど。だから、当時はああいう感じの3拍子の音楽で何となく踊っていて、その踊りも僕らが今知っているウィンナ・ワルツの踊りとも違うし、ほとんど何もわからないんだけど、でもまあこんな感じなんじゃないかなって勝手に想像してやるしかない。
- 山本
- なかなか区別つけにくいところではあるね。
(つづく)