山本貴志×佐藤卓史 対談2008

(2) 「消える魔球」の秘密。

山本貴志君がその名を世界に轟かせた2005年のショパンコンクール。絶妙な音色とともに人々を驚かせたのが、上手側カメラから姿が消えてしまうほどの独特の演奏フォームでした。 その奏法の秘密やショパンアカデミーの教育事情に迫ります。
佐藤
学校のレッスンっていうのはどのくらいのペースで。
山本
基本的には1週間に1回が多いんだけど、1回2時間で。
佐藤
2時間なんだー。長いね。
山本
先生によっては、1時間枠を週に2回やるっていう先生と、2時間を週に1回の先生と。
佐藤
でも1週間に2時間なんだ。結構多いねぇ。
山本
曲が多かったりすると2時間じゃないと間に合わないって先生に言われて。
佐藤
確かに。
山本
先生がいないことも多いんだけど、そうするとその辺りは全くなくて、でも帰ってからそのぶんの埋め合わせがあるという感じかな。 そういうときには1週間に3回も4回もあったりするんだよね。
佐藤
それ大変だよね。僕の先生も完全にそんな感じ。埋め合わせっていうかね、「僕はここからここまでいるけれども、いつ来る?」みたいな感じで、 頼めば毎日でも入れてくれるし、でも別にそんな必要ないです、って言ったら1回で終わったりとか。
山本
あははは。素晴らしい。でも門下生結構多い?
佐藤
一応リストを見ると20人ぐらいいるみたいだけど、でもみんながみんないつも来るわけじゃないし、名前だけ在籍って人も結構いるから、 ちゃんとコンスタントにレッスンに行ってる人なんて12,3人じゃないのかな。
山本
あ、ホント? でもそれでも結構多いよねやっぱり。
佐藤
パレチニ先生のクラスっていうのは何人ぐらい?
山本
僕の時にはたぶん4〜5人。
佐藤
えっそうなんだ。
山本
もうそれ以上増やすと、自分の練習ができなくなるって。演奏活動があるものね。
佐藤
じゃあ先生のクラスに入るのは結構大変な感じなんだ。
山本
うん、結構狭いよね、忙しいし…。
佐藤
そうかぁ。パレチニ先生はどんなことを教えてくれるの? 先生も弾きながらって感じ?
山本
そうそう! それで、ショパンはもちろんだけれども、モーツァルトとか、バッハとか、そういうものはいつも厳しいね…。
佐藤
ああ。じゃあ古典的な。
山本
ポーランドってそういう習慣あるのかな。反対に、ドビュッシー、ラヴェル、プーランク、あの辺りは全然もうノータッチというか。
佐藤
あははは。まあ古典がやっぱり基礎だからね。
山本
そうみたいだね。もう何回も何回も同じことをね、執拗に(笑)
佐藤
(笑)
山本
熱心なんだよね、きっと。


佐藤
そのワルシャワの家では結構練習はたくさんできるの?
山本
えっと、でも日本のように防音の部屋はないから…。
佐藤
もちろんそうだよね。
山本
一応法律で夜の10時までって決められていて。だけど、一応8時か8時半を過ぎたら騒がしい曲は弾かないようにするとか。
佐藤
隣の人のためにね。じゃあ隣は普通の人が住んでる?
山本
普通の。僕が住んでいるときには幸いにも苦情が出なかったんだけど。でも友達によっては3回も4回も引っ越しさせられたり…。
佐藤
うわぁ。大変だ。
山本
僕は5年間1回もそういう苦情はなくて、だからとりあえず10時までは弾けたんだけどね。
佐藤
それは良かったね。え、朝は?
山本
朝は…、朝はたぶん9時とか9時半ぐらいから弾いても大丈夫なんだけど、僕自身はすごく夜型だから。
佐藤
あそうなんだ。
山本
まず午前中に起きない。
佐藤
おおおお、そうなの? ちょっと意外だなそれ。
山本
そう。もうまるで夜。夜寝るのが5時とか。
佐藤
そりゃ朝だよ。
山本
朝か(笑)。
佐藤
まあ僕も日本にいるとそんな感じだけど。え、じゃあ向こうでもそんな感じだったんだ。
山本
ひどい生活でもう。授業がないのをいいことにね。
佐藤
授業はなんにもなかったの?
山本
授業はね、ワルシャワでは週に2回ぐらいしかなくて。
佐藤
それはどういう授業なの?
山本
ええとね。合唱。あと即興演奏の授業もあって。
佐藤
そんなものがあるんだ。
山本
あと体育。卓球とかやっていたんだけど。
佐藤
面白そうだねぇ。
山本
あと音楽史とか、ソルフェージュとか、そのぐらい。1日に1コマしかない日もあって、2年生の時が一番授業の数が多かったんだけど、 そのときでも週3日はフリーだったから…。
佐藤
なるほどね。
山本
本当に家にいてばかりで。あまり学校に行っている感じがしなかったかな。
佐藤
そうなるねえ。じゃあ午後に起きて、それから練習みたいな。
山本
そう。午後に起きて、ご飯食べて、あーでもご飯食べたらまた眠くなったなぁって。起きたばっかりなのに。
佐藤
(笑)


佐藤
留学してすぐにあっちのコンクールとかにたくさん出るようになったのかな?
山本
そうだね。僕全然コンクールのことを知らなかったから、先生の勧めっていうのかな、これがいいんじゃないかあれがいいんじゃないかっていくつか…。
佐藤
そうなんだ。コンクールを受けるってのはどんな感触? あんまり好きじゃないとか…まあ好きな人ってあんまりいないと思うけど。
山本
あまりいないけれど、たまにいるよね(笑)。
佐藤
絶対コンクール受けるの好きだろって人もね。
山本
僕は、ステージ1つならいいけれど、何回も何回もあるとやっぱりちょっとね。短い開催期間に詰めて入れられるから…。 でも、時にはそういう経験も、自分にとってはいいのかなって。
佐藤
確かにね。
山本
今しかできないからね…。
佐藤
そうだよね。じゃあこれからも結構日本から受けに行ったりとかいう予定も。
山本
うん。そうだな…、いろいろな人に聴いてもらう機会って少ないから、そういうチャンスの1つとして。 それをきっかけに諸外国でも演奏できたらいいかなって思って。
佐藤
なるほどね。


佐藤
演奏するときにいつも心がけているっていうか、理想とすることみたいなのはありますか?
山本
ええとね、自分自身が「一杯一杯」になると、弾いていても面白くなかったり楽しくなかったりするから…。 僕、いつも初めは怠け気味で、あとで慌てて…ってパターンでね。怠けのツケが後になってこう…
佐藤
それはまあみんなそうでしょう。
山本
だよね? なんかね、直前まで「やりたくない!」って怠けて、あとでもうひどいことに。
佐藤
あはははは。
山本
だから、すごく難しいんだけど、自分をコントロールするようにして、 ちょっと気持ちに余裕ができるように心がけることが必要なのかなって思っているんだけど。
佐藤
なるほどね。大事なことだよね。


佐藤
僕は山本君の演奏はショパンコンクールのとき以来、生では聴いていないんだけど、あの、演奏するスタイルがすごく独特で、 話題になってるけども、それは自分で編み出したっていうか、だんだんそういうふうになっていったの?
山本
もう自然に、初めからずっとあの感じで。
佐藤
あ、そうなんだ。
山本
僕も何であのようになったのか全然わからなくて。誰かを見てっていうわけでもないし。コンサートって僕全然行かなかったから。
佐藤
そうなの?
山本
何でそうなったのか…ああいうふうに弾きたかったのかなぁ。
佐藤
ふふふふ。
山本
でも昔からああいう感じだから、小学生の時は「子どもらしくない!」とか、「気持ち悪い!」とか、「自然じゃない!」とかいろいろ言われて。 先生にも何回も「無駄な動きをするときがあるから、そういうのは直していった方が音が楽に出る」って言われて…。もちろん「当てはまるな」って思うことも…。
佐藤
でもそういうのって音楽の内容とリンクしてるから、そんなに簡単に直すわけにはいかないよね。
山本
そうそう。僕も意識はしていないからね…。
佐藤
そうなんだよねー。僕も演奏中によく「そんなに首を振らないで」とか言われるんだけど。
山本
うんうんうん。
佐藤
そんなこと言ってもさ、本番中ってそれどころじゃないじゃない?
山本
わかる。本当にそう。


佐藤
あんまり演奏会に行かなかったって言うけど、じゃあ好きなピアニストとかっていうのは特に。
山本
CDも、どういう曲か知らないときに聴くよね? そのときもお店の人に「あまり癖のなさそうなものを」って言って選んでもらったりしたから、 ピアニストについてはほぼ何も知らなくて。
佐藤
へぇ。
山本
でも、昔内田光子さんのモーツァルトを聴いたときには、とても素敵だなと思った。
佐藤
確かに。じゃあでも特にこの人のファンとかいうようなピアニストはあまりいない感じなんだ。
山本
ピアニストっていうより、曲の方に意識がいってしまって。だから好きな曲はたくさんあるけれど。
佐藤
なるほどねー。
(つづく)