曲目解説  Program Notes

シューベルト:4つの即興曲 D935 op.142

 「即興曲」という曲名をピアノ作品に初めて用いたのは、ボヘミアの作曲家たちだったと言われている。 シューベルトは「即興曲」というタイトルのピアノ曲を8曲残したが、それらは決して気まぐれで即興的な作品ではなく、多くはソナタ形式や三部形式で書かれ、シューベルトらしい柔らかい叙情をたたえた性格小品である。 8曲はいずれも彼の晩年に書かれ、4曲ずつ2集に分けて出版された。
 作品142の4つの即興曲は、作曲者の死後の1838年にウィーンのディアベリ社から出版され、出版社の意図によりリストに献呈された。 各曲は有機的な統一を見せており、シューマンはこの4曲が元々1つのソナタとして構想されたのではないかと推測している。
 第1曲(ヘ短調)は展開部を欠くソナタ形式。悲劇的な下降音型で始まる第1主題が提示された後は、16分音符の不安げな刻みが全体を支配する。 右手の分散和音の上に歌われる変イ短調の第2主題は、後半で変イ長調に、再現部ではヘ長調に転調するが、その幸福は長くは続かず、再び現れる第1主題に導かれて、悲しみの中に沈んでいく。
 第2曲(変イ長調)は複合三部形式。2拍目に強勢を持つ3拍子に乗って、懐かしさに満ちた旋律が歌われる。 中間部は変ニ長調に転調し、右手の分散和音が音楽を支配する。
 第3曲(変ロ長調)は変奏曲形式で書かれている。主題は自作の劇音楽「ロザムンデ」のモチーフに基づき、シューベルト特有の長短短のリズムが繰り返されるごくシンプルなもの。 これに続き、流麗な第1変奏、活発な第2変奏、劇的な変ロ短調の第3変奏、幻想的な変ト長調の第4変奏、軽やかな第5変奏が次々と奏され、最後に冒頭のテーマが回想されて締めくくられる。
 第4曲(ヘ短調)は大規模な三部形式。8分の3拍子の主部は、ハンガリー風のリズムが独特の面白さを醸し出している。 中間部は右手が鍵盤上を駆けめぐり、幻想的な世界が広がる。コーダではテンポが上がり、激しい下降音階で劇的に曲を閉じる。
(2006年7月17日「佐藤卓史ピアノリサイタル」プログラムに寄せて)
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