曲目解説  Program Notes

シェーンベルク:3つのピアノ曲 作品11

 ウィーン生まれのユダヤ人作曲家アルノルト・シェーンベルクは、「十二音技法」の創始者として知られている。 調性の枠を限りなく拡大した結果もたらされた「無調」の音楽に一定の秩序を与えようとしたこの作曲技法は、 当時のウィーンでは最前衛とみなされ激しい批判を浴びたが、彼は自分自身をバッハからウィーン古典派、ロマン派を経てヴァーグナー、 マーラーへと脈々と受け継がれたドイツ=オーストリア音楽の正統な継承者と考えていた。
 シェーンベルクの作品番号付きのピアノ曲の中で最初の作品である「作品11」は、1909年に作曲された。 作曲者初期の重要な無調作品であり、全曲を通じて表現主義的な強い緊張感が漲っている。作曲の翌年にウィーンで初演された。
 第1曲(中庸に)は力なく下降するモチーフと、執拗に問いかけるような上行のモチーフで始まる。 極端に急速なパッセージを挟みながらこのセクションは一度収束し、「流動的に」と指示された複付点リズムの支配的な中間部に移行する。 やはり急速なパッセージを間に挟みつつ次第に盛り上がり、左手の急激な上行音型とともにクライマックスを迎える。 その後は最初のモチーフが再び現れ、保続低音を伴いながら沈静化する。 ピアノ書法の面では、開始14小節目に現れる「フラジオレット」(右手で発音せずに鍵盤を押さえ、左手で2オクターヴ下の同じ音を演奏することで倍音を響かせる)の効果が興味深い。
 第2曲(中庸に)は低音のオスティナートの上に歌われる禁欲的な旋律と、官能的な和声を伴う動機が交互に現れる形で開始される。 中間部は右手の跳躍を含む印象的な4音の動機から導かれ、次第に流暢さを増し、細かいモチーフの繰り返しで盛り上がって高音のトリルでクライマックスとなる。 全体としては第1曲と同様、一種の三部形式あるいは頂点を持つシンメトリックな構成と考えられる。
 第3曲(動きをもって)はモチーフ操作を一切放棄した非常に特殊な形式で書かれている。 冒頭に聴かれるような激烈な音型と、静謐なセクションが並列され、テンポも極めて頻繁に変化する。 バッハのトッカータやファンタジアに見られる即興的な気分を受け継いだ作品とも言えるだろう。
(2006年3月23日「佐藤卓史 ウィーンの香り」プログラムに寄せて)
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