曲目解説 Program Notes
ラヴェル:ツィガーヌ(演奏会用狂詩曲)
ツィガーヌとは、フランス語で「ジプシー」を意味する。ラヴェルはスペイン音楽やジャズなど、西欧から離れた地域の音楽語法を積極的に作品に取り入れたが、 ここで素材となったのはハンガリー・ジプシー音楽である。作曲の大きな動機となったのはハンガリー出身で、巨匠ヨーゼフ・ヨアヒムの孫にあたる女流ヴァイオリニスト、 イェリー・ダラーニとの出会いだった。ラヴェルは自作「ヴァイオリンとチェロのためのソナタ」のダラーニによる演奏に感動して、 コンサートのあと彼女にハンガリー・ジプシー音楽を演奏するように頼み、夜が明けるまで聴き入っていたという。1924年に完成した「ツィガーヌ」はダラーニによって初演され、 大成功を収めた。同年ピアノパートを管弦楽用に編曲したヴァージョンも作られ、この形でも頻繁に演奏されている。作品は「チャルダッシュ」というジプシーの舞曲の様式に基づいて書かれている。チャルダッシュは、テンポの遅い前半部分「ラッサン」と、情熱的で速い後半部分「フリスカ」からなり、 この形式を借りてリストの「ハンガリー狂詩曲」やサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」など多くの名曲が生まれたが、ラヴェルはチャルダッシュのエッセンスを鋭く見抜き、 他と一線を画す高い芸術性を加味して曲を仕上げている。ラッサンの孤独な憂愁は無伴奏ヴァイオリンによって即興的に奏され、独特の増2度音程を持つエキゾティックな「ジプシー音階」が多用される。 謎めいたアルペジオとともにピアノが登場し、ヴァイオリンが主要主題を提示するところからがフリスカである。ここではヴァリエーションの形式で短い楽節が次々に現れ、 クライマックスに向けて次第に盛り上がるように緻密に構成されていく。ヴァイオリンパートを書くにあたってラヴェルはパガニーニの「24のカプリース」を分析したといわれており、 極めて高度な演奏技術が要求されている。
オリジナル版では伴奏楽器について「ピアノ、またはピアノ・リュテアルで」と指示されている。ピアノ・リュテアル(リュート風のピアノ)はピアノの弦に特殊な制音装置を取り付けた楽器で、 ハンガリーの民族楽器ツィンバロンに似た音色が奏でられる。このことからも、本作がヴァイオリンの難技巧を誇示する単なるショーピースではなく、 魔術的なエキゾティズムを秘めた曲であることが窺えよう。
(2012年9月21日「弓新&佐藤卓史 デュオリサイタル」プログラムに寄せて)
©2012 佐藤卓史 無断転載禁止
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