曲目解説  Program Notes

リスト:メフィスト・ワルツ 第1番 S.514

 ゲーテの『ファウスト』は文学史に輝く名作として名高いが、もともとはドイツに古くから伝わる伝説をもとにしている。 メフィストフェレス(メフィスト)はここに登場する悪魔で、老いたファウストを若返らせ、地上のさまざまな至福を体験させる代償としてファウストは自分の魂をメフィストに預ける契約を結ぶ。
 リストは若い頃ピアノの名手としてヨーロッパ中にその名を轟かせたが、後年演奏活動を控え、作曲家として「交響詩」というジャンルを創始するなど、新時代の音楽を導く役割を果たした。 「交響詩」は「標題音楽」の典型的な曲種といわれるが、「標題音楽」とは、音楽以外の芸術作品(美術や文学)から受けた印象を表現した音楽で、時には音によってさまざまなものを描写することもある。
 リストはベルリオーズの薦めでゲーテの『ファウスト』を読み、これに基づく大作「ファウスト交響曲」を作曲したが、この「メフィスト・ワルツ」はレーナウの『ファウスト』を典拠としている。 もともと管弦楽曲として1860年に作曲された「夜の行列」と「村の居酒屋での踊り」のうち、後者をピアノ曲として編曲したものが今日「メフィスト・ワルツ第1番」として知られている。
 ファウストがメフィストに連れられて村の酒場へやってくる。 メフィストが奏でる素晴らしいヴァイオリン(古来より悪魔はヴァイオリンが上手いとされている)に人々が聴き惚れ、浮かれて踊っているうちに、ファウストは意中の村娘マルガレーテを誘い、やがて酒場から抜け出してしまう、というストーリー(前述したようにこのシーンはゲーテの作品には登場しない)。 ヴァイオリンの調弦の様子の描写に始まり、村人の踊り、メフィストの超絶技巧が余すところなく描かれている。 終結部の手前の静かな部分では、酒場を抜け出した二人に甘く歌いかける夜鶯の鳴き声が聞こえる。 凄まじい速度とともに、高度な演奏技巧を要求される、数あるピアノ曲の中でも屈指の難曲である。
(2003年7月12日「佐藤卓史ピアノリサイタル」プログラムに寄せて)
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