曲目解説  Program Notes

ショパン:ピアノ・ソナタ 第1番 ハ短調 op.4

 ショパンの最初のピアノ・ソナタであるこの作品は、ほとんど知られておらず、演奏される機会も少ない。 初期作品にしばしば見られることだが、とめどない楽想の羅列により構成感が希薄なこと、それにショパンらしい親しみやすい旋律線に乏しいことがその主な理由だろう。 確かに、後の第2番・第3番という歴史的傑作と比較すれば未熟さは否定できないが、若者らしい大胆な意気込みや、後年の「鍵盤の詩人」を予感させる閃きも随所に現れている。
 曲は1827年から翌年にかけて作曲され、ワルシャワ音楽院での作曲の師ユゼフ・エルスナーに献呈された。 完成後ウィーンのハスリンガー社に送られたが、結局そのまま放置され、作曲者の死後の1851年になってようやく出版された。
 第1楽章はバッハ風の厳粛な第1主題で開始される。半音階のモティーフを持つ旋律が第2主題にあたると考えられるが、 このモティーフは第1主題から派生したものであり、調性もハ短調のままで、主題間の調的対立が発生しない。展開部での頻繁な転調を経て、 再現部ではなんと第1主題は変ロ短調、第2主題はト短調で登場する。このように調性配置が極めて変則的で、 古典的なソナタ形式の概念から逸脱しているのがこの楽章の特徴であるが、ソナタ第2番や第3番では第1主題の再現を省略しているショパンが、 本作では定石通り第1主題から再現部を開始しているのは興味深い。
 第2楽章は変ホ長調のメヌエット。メヌエットというよりマズルカに近く、特に同主短調の中間部ではその性格が濃厚になる。
 第3楽章は変イ長調の緩徐楽章。4分の5拍子という珍しい拍子で書かれている。ノクターン風の繊細な叙情が美しく、このソナタの中で最も印象的な楽章。
 第4楽章はロンド・ソナタ形式のフィナーレ。低音の断固たるリズムで始まるロンド主題は悲愴感に満ちており、その精力的な性格は全楽章を支配する。 豪放かつ大胆な書法は、フンメル、カルクブレンナーといった当時のヴィルトゥオーゾたちからの影響を物語っている。
(2010年7月4日「絆 vol.9 ショパンの心」プログラムに寄せて)
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