曲目解説  Program Notes

バッハ/ブゾーニ:シャコンヌ

 J.S.バッハが35歳のときに書いた無伴奏ヴァイオリンのための「ソナタ」と「パルティータ」は、現在でもヴァイオリンの最も重要なソロ・レパートリーに君臨している。 中でも有名なのがパルティータ第2番の終曲「シャコンヌ」で、小規模な舞曲が続くパルティータの中に突如として現れる巨大な楽章は曲集の中でも一際異彩を放っている。
 シャコンヌとは本来イタリア起源の緩やかな3拍子の舞曲の様式を指すが、もともと即興演奏を前提としていたこともあって、基本の和声進行のパターンが決められ、 これを何度も繰り返しながら変奏していくという形式をとるようになった。こうした変奏の形式は「オスティナート変奏」と呼ばれる。
 バッハのこの「シャコンヌ」では、下降していくバス声部がオスティナート主題となっているが、ヴァイオリンという楽器の持つ音域や奏法の制限から、 そのバス声部は常に表に現れるのではなく、いわば隠されたテーマとして作品を裏から支えていく。それゆえにこそ、4本の弦だけで奏でられるこの作品は、 その背後の宇宙的な広がりを聴く者に感じさせ、峻厳かつ深遠な精神性を獲得し得たのである。
 この傑作は、後人の手によって幾度となく編曲された。ピアノ用のアレンジとして名高いものに、ブラームスによる編曲が挙げられる。 右手を故障したクララ・シューマンに捧げられたこのブラームス版は、左手だけで演奏するように編曲されており、 音域が1オクターヴ下げられている他はほとんどオリジナルに忠実に移し替えられている。原典を重んじるブラームスらしい編曲と言えるだろう。
 これに対して、ピアノという楽器の持つ可能性を最大限発揮させたのが、本日演奏するフェルッチョ・ブゾーニによる華麗なトランスクリプションである。 イタリア生まれの巨匠ピアニストだったブゾーニは、バッハのオルガン曲を多数ピアノ用に編曲したが、この「シャコンヌ」でも同様の手法で、 あたかもオルガンのような重厚な音響を創り出した。前述の「隠されたテーマ」や、原曲にない音符までも大胆に付け加えたその編曲方法には毀誉褒貶が絶えないが、 一方では数多くの「編曲作品」の中で最も充実した内容と高い人気を誇る作品であることも疑いない。
(2008年4月22日「佐藤卓史ピアノリサイタル」プログラムに寄せて)
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